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一公升的眼泪 日本語

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一公升的眼泪 日本語『遠くへ、涙の尽きた場所に』 20歳になった亜也(沢尻エリカ)は、常南大学付属病院で入院生活を 送りながら、日記を書き続けていた。 その傍ら、亜也は、養護学校時代に世話になったボランティアの高野 (東根作寿英)に依頼されて始めた「ふれあいの会」の会報にも 寄稿を続けていた。 病院の屋上で、洗濯物を干す潮香(薬師丸ひろ子)、瑞生(陣内孝則)、 亜湖(成海璃子)、弘樹(真田佑馬)、理加(三好結稀)。 「家族みんなで、洗濯物を干した。  空が青くて、きれいだった。  風は少し冷たかったけど、気持ちよかった。  ...
一公升的眼泪 日本語
『遠くへ、涙の尽きた場所に』 20歳になった亜也(沢尻エリカ)は、常南大学付属病院で入院生活を 送りながら、日記を書き続けていた。 その傍ら、亜也は、養護学校時代に世話になったボランティアの高野 (東根作寿英)に依頼されて始めた「ふれあいの会」の会報にも 寄稿を続けていた。 病院の屋上で、洗濯物を干す潮香(薬師丸ひろ子)、瑞生(陣内孝則)、 亜湖(成海璃子)、弘樹(真田佑馬)、理加(三好結稀)。 「家族みんなで、洗濯物を干した。  空が青くて、きれいだった。  風は少し冷たかったけど、気持ちよかった。  冬の匂いがした。」   一方、遥斗(錦戸亮)は、医学生として勉強の日々を送っていた。 亜也から別れの手紙を貰ってすでに1年ほどが過ぎていた。 遥斗の部屋の棚には「ふれあいの会」の会報が積まれていた。 ふと、机の引き出しにしまってある、亜也からの手紙と 返されたキーホルダーを見つめる。 「20歳。  病気になって、もう5年が過ぎた。  一つ一つ失って、残されたのは、わずかなものだけ。  昔の私を、もう思い出せない。」 亜也はベッドから伝い歩きし、遥斗に貰った鉢植えの花に 霧吹きで水をかけた。 水野(藤木直人)は、マウスを使い、新薬の開発に力を注いでいた。 だが、効果はなかなかみられないが、水野は諦めようとはしなかった。 「雲をつかむような話。」と医師たちは言うが 「それでも、可能性はゼロじゃありません。」 「いずれにせよ、治験にいたるまでは長い時間がかかりそうですから???   腰をすえてじっくり、がんばって下さい。」 医師たちの、期待のなさそうな言葉に、水野の情は暗くなる。 亜也の病室で、お弁当を広げる家族。 弘樹が髪につけたワックスを、「そんなものは床にかけとけばいい!」と瑞貴。 「中学で彼女出来たらしいよ。」と亜湖がチクる。 「彼女!?彼女!?お前400万年早いだよ!」 父に髪をぐしゃぐしゃにされ、弘樹は使い古したバックから鏡を取り出し 髪型を直す。 理加は自分が描いた絵を亜也に持ってきた。 紅葉した木の絵。潮香は亜也のベッドの横にその絵を貼る。 そして、亜湖が描いた絵が展覧会で入選し、明和台東高校に飾られている、と 話す。 「見てみたいなー。  行きたいな、東高。」 亜也の言葉に、家族は亜也を東高へ連れていく。 亜也の脳裏に、15才の自分が次々と浮かぶ。 友達と合格発表を見に来たこと、バスケットボール部員の姿???。 音楽室では、生徒たちが『3月9日』の練習をしていた。 彼らの歌声を聞きながら、亜湖が描いた絵を見つめる家族。 亜湖は、亜也の入学式の日に撮った記念写真の絵を描いていた。 「来て良かった。   思い出したから。  15才の私は、ここで確かに、生きていた。」 病院のベッドから、遥斗が持ってきてくれた鉢植えを見つめる亜也。 「花びらが、一枚一枚開いていく。  花も一度に、ぱっと咲くわけじゃないんだ。  昨日がちゃんと今日につながっていることがわかって、嬉しかった。」 ベッドから自力で物につかまり立ちをしようとした亜也は???。 潮香が亜也の病室に行くと、亜也は床に座り込んでいた。 「亜也、どうした?転んじゃったの?  怪我ないかな?」 そこへ水野もやって来た。 「おかあさん???。  もう、歩けない。」 運動機能が著しく低下していた亜也は、とうとう自分の力で立ち上がることが できなくなってしまったのだ。 「亜也。悲しいけど、頑張ろう!  大丈夫よ。お母さんね、亜也をおんぶするぐらいの力、  充分あるんだから。」 『お母さん わたし  何の為に生きているの?』 日記にそうつづる亜也???。 診察をした水野は、亜也が突然危険な状態に陥る可能性があることを 潮香と瑞生に告げ、何かあったときすぐに家族に連絡を取れるように しておいてほしい、と頼む。 瑞生と潮香は顔を見合わせ???。   水野の部屋を出た潮香は、亜也の病室の前で芳文(勝野洋)に出会う。 同じころ、瑞生は遥斗に会っていた。 「元気か????じゃねえみたいだな。  もう一年になるか。」 「はい。」 「俺な、お前には、ほんっと、充分すぎるほど、感謝しているんだ。  だから、これからは、お前はお前の人生、きちんと生きてくれ。」 瑞生は遥斗にそう言う。 芳文は、潮香に遥斗は元気か、と聞かれ、 「まじめに勉強はしているようですが、自分の殻に閉じこもってしまって、  また、昔に戻ってしまったようです。」 「そうですか???。」 「お嬢さんの具合はいかがですか?」 「???自分が情けないです。  あの子が、日に日に弱っていくのに、何もしてやれなくて???。」 「???私は、6年前に、長男を事故で亡くしました。  太陽みたいに、周りを明るくしてくれる子でした。  父親の私でさえ、あいつがまぶしかった。  池内さん。私には、別れの言葉を言う時間さえなかった。  どうか、後悔をしないで下さい。  今の、お嬢さんとの時間を、大事になさって下さい。」 「???はい。」 潮香が病室にいくと、亜也は必死にノートに字を綴っていた。 「亜也。そんなに無理しなくていいのよ。少し休もうか。」 「怖いの。今思ってる気持ち、書かなかったら、  明日には、忘れて、消えてなくなっちゃうでしょ?  日記は、今あたしがちゃんと生きてるって、証だから。  亜也には、書くことがあるって、言ってくれたでしょ?  お母さんが、あたしの、生きる意味、見つけてくれた。」 亜也はそう言うと、またノートに気持ちをぶつけていった。 遥斗は病院内を歩いていると、亜也が医師から、これから臨床実験に入る 大学5年生の学生たちを紹介されていた。 「僕たちね、これからお医者さんになるために、勉強させてもらうんだ。  よろしくね、亜也ちゃん。」 「よ、ろ、し、く。」 「???ちょっと、難しかったかな。ごめんね。」 遥斗は立ち去っていく学生たちを呼び止める。 「あの!  あの、もっと、ちゃんと、勉強して下さい。  あいつ、体、上手く動かせないけど、上手く話せないけど、  幼稚園児じゃありません。  頭の中は、あなたと一緒です。ちゃんとわかりますから。」 その様子を、亜湖が見ていた。 『新しい効果の』『に効果が』『期待され』 研究の結果をパソコンに打ち込む水野の表情は明るかった。 「水野先生、ずっと研究室に篭りっぱなしですね。」 「神戸医大の先生と、頻繁に連絡とりあっているみたい。」 「もしかして、病院、変わられるのかしら。」 廊下を歩く看護士たちの噂話は、病室で食事をする亜也にも聞こえていた。 亜也は、食事を詰まらせて呼吸困難に陥る。 亜也が目を覚ますと、家族全員の心配そうな顔が目に映る。 「大丈夫!ちょっと食べ物、詰まらせただけ。大丈夫だからね。」 潮香が亜也に優しく言う。 「みんなの泣き顔が、涙でぼやけた。  きっと私は、こんな些細なことで、死ぬのだろう。」   別の日、水野は、亜也宛に届いた一通のハガキを彼女の元に届けに行く。 が、亜也は、日記を書いていてそのまま眠ってしまったようだった。 部屋を出た水野は、授業を終えた遥斗の元に向かった。 「亜也ちゃんとは、会ってないの?」 「はい。人の役に立つ仕事がしたいなんて言っておいて、  結局、あいつのこと、何もわかってやれなかったんです。」 「僕が神経内科を選んだのはね、あまりにも未知の領域が多い分野  だったから。  誰もが治せなかった病気を、自分なら治せるかもしれない。  最初はそんな野心の塊だった。  僕だって、何もわかっていなかった。  そのイスに座った患者に、  この病気はただちに命に関わるものではありません。  こうしている間にも研究は進んでいきます。  希望を捨てずに、頑張りましょう。   そう励ましながら、この病気の完治を諦めかけている気持ちがなかったか、  といえば、嘘になる。  でも諦めたくないと思った。  患者が諦めていないのに、医者が諦められるわけないよな。」 水野は、遥斗にそう告げると、彼にハガキを託した。 「君も医者の卵だ。」 遥斗は水野に託されたハガキを読み???。 『動物も植物も、生まれたときから自分の寿命知ってんだよな。  人間だけだよ。欲張って余分に生きようとするのは。』 病院の待合室に座りながら、遥斗は自分が同じ場所で亜也にいった言葉を 考える。   亜也の病室のドアが開く。 「先生?」亜也が聞く。 「すっかり根付いちゃったな、コイツ。」 遥斗は自分が亜也に渡した鉢植えを見て言う。 「久しぶり。」 「???」 「お前、ふれあいの会の会報に、日記の文章、ずっと載せてただろう?  それ読んだって、中学生の女の子から、ハガキが来てて。    死んじゃいたいと思っていました。  私も亜也さんと同じ病気です。  先生に、治らないといわれたときは、いっぱい泣きました。  うまく歩けなくなって、学校でもジロジロ見られて、  付き合っていた彼氏も離れていきました。  何で私がこんな目に合うのって、毎日毎日、お母さんに当たっていました。  でも、亜也さんの文章を読んで、辛いのは私だけじゃないんだって  思いました。  私は病気になってから、俯いて、地面ばかり見ていたことに気付きました。  亜也さんみたいに強くなりたい。  これからは、辛くていっぱい泣いても、その分ちゃんと前に進みたい。  亜也さんのお陰でそう思えました。    お前、人の役に立ちたいって言ってたよな。  お前と初めてあった頃さ、俺、人が死のうが、生きようが、  どうでもいいって思ってた。  でも???今は違う。  お前には、欲張ってでも、無理にでも、ずっと生きていてほしい。  だから、俺???」 亜也が、カーテンの間から手を差し出した。 遥斗がカーテンを開けると、そこには涙を流してこちらを見つめる 亜也の姿があった。 亜也は、遥斗からハガキを受け取る。 「麻生君。  歩けなく、なっちゃった。」 「うん。」 「でも、あたし…役に立てた。」 「ああ。」遥斗の瞳から涙がこぼれる。 「役に、立ったんだ。」亜也が微笑む。 亜也はハガキを大事そうに両手で握り締めた。 クリスマスが近づいたある日、亜也は、病室にやってきた水野に質問する。 「先生?他の病院、行くの?」 「違うよ。どうして?」 「ずっと、ここに、いる?」 「うん。いるよ。」 「良かった。  見捨てられたかと、思った。  いつまでも、あたしが、良くならないから。」 「見捨てないよ!絶対に見捨てない。  だって君は僕の患者だもの。  絶対に、諦めたりしない。  君の病気を治すことを。  だから、亜也ちゃんも諦めちゃダメだよ。」 「でも、もし???もしも???  あたしの体、使ってね。  病気の原因、見つけてね。  同じ、病気の人の、役に、立ちたい。」 「???献体のこと言ってるの?」 亜也が頷く。 「先生の、役に、立ちたい。」 思わぬ言葉に動揺する水野は、涙を堪えながら言う。 「亜也ちゃん。今の君は、こんなに元気じゃないか。  だから、そんなことを考えたりしちゃ、絶対にいけないよ。」 診療室に戻った水野は、パソコンに打ち込んだレポートを見つめ、 パソコンを怒りに任せて閉じ、机の上の書類を叩き落した。 そして、自分の無力さを噛み締め…。 「見捨てないよという一言が、どんなに心強いか。  先生ありがとう。私を見捨てないでくれて。」 亜也は、潮香にクリスマスプレゼントに欲しい物を聞かれ、 「いい?わがまま、いい?」 「もちろん!何でも言って!」 「帰りたい。お家、帰りたい。」 潮香と瑞生から相談を受けた水野は、少し考えたあと、 「一日、だけでしたら。」と答える。 「通常なら、許可は出来ません。  抵抗力も落ちていますし、自立神経系にも病変を生じており、  血圧が低下することもあります。  ???実は、この間亜也さんに言われたんです。  自分の体を、研究に役立ててほしい。  同じ病気の患者さんたちの、役に立ちたい、と。」 水野の言葉に涙をこぼす潮香と瑞生。 「亜也さんが、今帰宅を望んでいるのなら、全力でかなえるよう  努力しましょう。  生きている、ということを実感してもらうために。  病院で待機しています。   少しでも変わったことがあったら、すぐ、ご連絡下さい。」 二人は泣きながら、そう話す水野に頭を下げた。 その夜、潮香と瑞生は、亜湖、弘樹、理加に、亜也の病状のことを伝えた。 「ねえちゃん、あまり、良くなくてな???。」瑞生が泣き出す。 「次に入院したら???暫く、帰れないかもしれないの。  だから、今度かえってくる時は???」 涙をこらえて話す潮香も、言葉に詰まる。 「お父さんとお母さんがそんなんでどうすんの。  精一杯明るくしようよ。  みんなで、亜也ねえに優しくしてあげようよ。」と亜湖。 弘樹も理加も、頷いた。 「そうだな。そうだったな。」 瑞生も潮香も泣きながら微笑んだ。 「おかえり!!」 とびっきりの笑顔で亜也を迎える亜湖、弘樹、理加、そしてガンモ。 その日、池内家では、ひと足早いクリスマスパーティーが開かれた。 そこで、亜湖、弘樹、理加に、プレゼントを渡す潮香。 「可愛い!」亜湖は新しい服に大喜び。 「カッコいい???」弘樹にはスポーツバッグ。 「うわぁ!色いっぱい!」理加には絵の具。 それは、亜也が3人のために選んだものだった。 潮香は、亜也が妹弟たちに書いた手紙を読んで聞かせた。 『ごめんね亜湖。  最近、昔の服ばっかり着てるよね。  私がパジャマばっかりだから、新しいの欲しいって言えなかったんでしょう?  亜湖は、おしゃれ大好きだったのに、ごめんね。  ごめんね弘樹。  小学校から、同じスポーツバッグ、使ってるね。  中学生になったら、やっぱり、カッコいいのを持ちたかったでしょう?  遠慮させちゃって、ごめんね。  理加もごめんね。  私に、絵を描いてくれるために、絵の具ぎゅっと絞っても  出なくなっちゃうまで使ってくれて。  亜湖、ヒロ、理加、いつもありがとう。  ずっと、お母さんをとっちゃって、ごめんね。』 「お姉ちゃん、お母さんなんかより、あんたたちのこと  ちゃーんと見ていたのね。」 「亜也ねえはもう、水臭いんだよ。」と亜湖。 「ずーっと大切に使うね。」と弘樹。 「理加使わないで、取っておくね。」 亜也は幸せそうに微笑んでいた。 「メリークリスマス!」 池内家のクリスマスパーティーが始まった。   あくる朝、亜湖は学校へと駆け出す弘樹、理加を呼び止め瑞生に言う。 「お父さん。私、お願いがあるんだ!」 亜湖は、店先で亜也を囲んで家族写真を撮ろうと提案したのだ。 亜湖は、カメラを見つめながら、 「ずっとあるからね、亜也ねえ。  亜也ねえが帰ってくる場所、これからも変わらないで、  ここにずっとあるから。」と亜也に伝えた。 「ありがと。みんな。」 亜也はそう言い、胸に手を当てた。 「胸に手を当てる。  ドキドキ音がする。  嬉しいな。  私は生きている。」   高野が池内家を訪ねてくる。 「亜也さんの文章、ここのところ反響が大きくて、  出来れば、過去の日記も紹介させてもらいたいんです。」 潮香は読者からの手紙を受け取り、亜也に聞いて見る、と微笑んだ。 入院生活に戻った亜也は、やがて上手く話すことが出来なくなり、 文字盤を使って水野や潮香たちとコミュニケートするようになっていた。 『おねがい  にっき   かきたい』 亜也は水野に訴える。 潮香は病院の廊下を芳文と歩きながら、一度お礼に伺いたい、と申し出る。 「いやあ、私は何もしていませんよ。  遥斗は昔から、私の意見など聞かず、  一人で考えて、一人で行動する子ですから。」 「先生。子育てって、思い込みから出発している部分があると思いませんか?  私、辛さは変わってあげられなくても、亜也の気持ち、  わかっているつもりでした。  怒られちゃうかもしれないんですけど、亜也の日記、読み返したんです。  どうして亜也なんだろうって、私がメソメソしている間に、  あの子、一人で格闘して、自分を励ます言葉、一生懸命  探していたんです。  親が子供を育てているなんて、おこがましいのかもしれないですね。  きっと毎日、亜也、妹、弟たちに、  私の方が、育てられているんです。」 亜也は、何度もペンを握りなおしながら、必死にノートに言葉を綴った。 赤いガーベラを手に亜也の病室へ向う遥斗を呼び止める芳文。 「毎晩遅くまで大丈夫か?」 「今の俺じゃ、たいしたこと出来ませんけど。」 「医者だって同じだよ。  年を経るごとに、自分の無力さを感じるばかりだ。  人の運命は簡単には変えられない。  でも、どうしても思ってしまうな。  どうして、亜也さんなんだろう。  どうして、圭介だったんだろうって。  子ども扱いしすぎたのかもしれないな。  お前は昔から、圭介とは全く違っていた。  ガンコで、意地っ張りで、不器用で。  だから心配だった。  お前は私に似ているから???。  もう何も言わない。  自分の信じたことをやりなさい。  お前はもう充分大人だ。」 芳文は、遥斗にそう告げた。   芳文と別れた遥斗は、亜也の病室を訪ねた。 『さむかった』 「外ね、大雪。3メートルも積もっちゃってさ。」 『うそつき』 遥斗が笑う。 『よんで  にっき』 「これ?」 亜也が頷く。 遥斗は日記を開く。 『あせるな  よくばるな  あきらめるな  みんな一歩ずつ  歩いてるんだから』 「上手いこと言うな、お前!」遥斗はそう言うと、再び日記を読み始める。 『自分だけが苦しいんじゃない。  わかってもらえない方も、  わかってあげられない方も、  両方とも、気の毒なんだ。』 『花ならつぼみの私の人生  この青春の始まりを、悔いのないよう、大切にしたい。』 お母さん。  私の心の中に、いつも私を信じてくれているお母さんがいる。  これからもよろしくお願いします。  心配ばかりかけちゃって、ごめんね。』 『病気は、どうして私を選んだのだろう。  運命なんていう言葉では、かたづけけられないよ。』 『タイムマシンを作って過去に戻りたい。  こんな病気でなかったら、恋だって出来るでしょうに。  誰かにすがりつきたくて、たまらないのです。』 『もうあの日に帰りたいなんて言いません。  今の自分を、認めて、生きていきます。』 『心無い視線に、傷つくこともあるけれど、  同じくらいに、優しい視線があることもわかった。』 『それでも私はここにいたい。  だってここが、私のいる場所だから。』 『いいじゃないか、転んだって。  また起き上がればいいんだから。  転んだついでに空を見上げれば、  青い空が今日も限りなく広がって微笑んでいる。』 『人は過去に生きるものにあらず。  今出来ることをやればいいのです。』 『お母さん、わたし結婚出来る?』 「お前、頑張ったな。  頑張って、生きてきたな。」 遥斗の目から涙が溢れていた。 そんな遥斗に亜也は、文字盤で答える。 『そうだよ』 「威張んなよ。」 亜也が笑う。 『いきてね』 亜也の、遥斗の瞳から涙がこぼれる。 『ずっといきてね』 遥斗の顔を見つめる亜也。 「わかった。」 遥斗は涙をこぼしながらそう答えた。 日記の最後のページには、乱れた文字で「ありがとう」と書かれていた。 亜也が微笑みながら目を閉じる。 「寝たの?  笑ってんなよ。」 外は雪。 亜也の布団を掛け直す遥斗。 亜也の瞳から涙がこぼれた。 =5年後= 亜也の急変を知らせるランプに、水野が病室に駆けつける。 病室にいた潮香と瑞生は廊下に出され???。 看護士が部屋のドアを開ける。 支えあうように病室に入る二人。 「亜也ーーーっ!!」 瑞生の慟哭が廊下に悲しく響いた。 亜也の1周忌の朝、潮香は亜也の日記に続けて、彼女への手紙を書いた。 『亜也へ あなたと会えなくなってもう1年が経ちました。  亜也、歩いていますか。ご飯が食べられますか。  大声で笑ったり、お話ができていますか。  お母さんがそばにいなくても、毎日ちゃんとやっていますか。  お母さんは、ただただ、それだけが心配でなりません。 「どうして病気は私を選んだの?」  「何のために生きているの?」  亜也はそう言ったよね。  苦しんで苦しんで、たくさんの涙を流したあなたの人生が何のためだったか、  お母さんは、今でも考え続けています。  今でも、答えを見つけられずにいます。 でもね、亜也。』 亜也の墓前に手を合わせる潮香と瑞生。 水野が声をかけてきた。 「お嬢さんは、凄い人でした。  最後の最後まで、諦めようとしなかった。」 「普通の、女の子ですよ、あの子は。」 「私らの、娘ですから。」 水野が亜也の墓前に手を合わせる。 「ゆっくりですが、一歩一歩、医学は進歩しています。  あと10年あれば、5年あれば、   どうしても、そう思ってしまって。  でもそんなの言い訳なんです。  亜也さんのいる間に、もっと、もっと、  やれることがあったのかもしれません。」 「先生は、充分やって下さいました。」 「私ら、ほんとに、感謝しています。」 水野が二人に会釈をし、帰っていく。 「池内さん。  やっぱり、亜也さんはすごい人でした。」 潮香と瑞生は水野の言葉に、辺りを見渡す。 すると、亜也のもとに、たくさんの人たちがやってきたのだ。 若者たち、家族連れ、老夫婦、車椅子の少年?少女―― それぞれの手には、赤いガーベラが握られていた。 その花言葉は…。 『でもね、亜也。  あなたのおかげで、たくさんの人が生きることについて  考えてくれたのよ。  普通に過ごす毎日がうれしくて、  あったかいものなんだって思ってくれたのよ。  近くにいる、誰かの優しさに気づいてくれたのよ。  同じ病気に苦しむ人たちが、ひとりじゃないって思ってくれたよ。  あなたが、いっぱい、いっぱい涙を流したことは、  そこから生まれた、あなたの言葉たちは、  たくさんの人の心に届いたよ。 ねえ、亜也。  そっちではもう泣いたりしていないよね。  …お母さん、笑顔のあなたに、もう一度だけ会いたい…』 水野が、瑞生が、潮香が、そっと微笑む。 学校の体育館。 バスケットボールをドリブルする亜也。 そんな亜也を見つめる遥斗。 亜也がシュートを決め、そして遥斗に微笑んだ。 「生きるんだ!」 『昭和63年5月23日午前0時55分  木藤亜也さん 25歳で永眠  花に囲まれて 彼女は逝った 亜也さんが14歳から綴った日記「1リットルの涙」は  現在、役180万部を発行ー  29年の歳月を経て  今もなお多くの人々に勇気を与え続けている 現在、妹の理加さんは  塾の先生として子供達に  勉強を教えている 弟の弘樹さんは  警察官として地域の安全を  守っている の亜湖さんは  亜也さんの通っていた  東高を卒業ー  潮香さんと同じ  保健師として働いている  父?瑞生さんと母?潮香さんは  今も亜也さんの想いを  伝え続けている』 老婆J  新しく引っ越したアパートは、小高い丘のてっぺんにあり、見晴らしがよかった。一階の部屋からでも、扇形に広がる町並みと、その向こうに横たわる海が見通せた。親しい編集者が紹介してくれたのだ。  丘の斜面は果樹園で、桃と葡萄と枇杷が少し、あとはほとんど全部キーウイだった。大家のJさんの所有地らしかったが、Jさんは年老いた一人暮らしの未亡人で、果樹園の世話をすることはなかった。かといって誰か人を雇っている様子もなく、いつでも丘はしんとしていた。なのに木々には立派な果物がなっていた。  特にキーウイは枝がたわむほどで、風の強い月夜などは、深緑色のコウモリが何匹も何匹も、ゆさゆさと丘を揺らしているように見えた。何かの拍子に彼らがいっせいに飛び立ちはしないかと、心配になることもあった。  いつ誰が手入れをし、収穫しているのか、ある日気がつくと一つの区画のキーウイがきれいに姿を消し、しばらくすると再び小さな実がつきはじめていた。もっとも私は夜中に執筆し、昼近くまで眠っているから、果樹園で働く人々を知らないだけかもしれない。  アパートはコの字形の三階建てで、ゆったりとした中庭がついていた。真ん中に大きなユーカリの木があり、強すぎる日差しをやわらげてくれていた。Jさんはそこを家庭菜園にして、トマトや人参や茄子やインゲンや唐辛子を育てていた。気に入った店子にはよく分けてあげているようだった。  中庭をはさんで真向かいがJさんの部屋だった。カーテンが半分はずれたままで、いつまでもそれが修繕される気配はなかった。仕事机から視線を上げると、ちょうどその先がカーテンのない窓だった。  窓越しにうかがうかぎり、Jさんは質素で面白みのない毎日を送っていた。私が起きる頃はたいてい昼ご飯時で、テレビを見ながら大儀そうに口を動かしていた。食べ物がこぼれると、テーブルクロスや袖口でゴシゴシこすった。あとは編み物をするか、鍋を磨くか、ソファーでうたた寝するか、そんなところだった。私が仕事に集中しはじめる時刻になると、擦り切れたネグリジェに着替えてベッドへ潜り込んだ。  いくつくらいなのだろう。八十はとうに過ぎているように思う。足元はよろよろして頼りなく、しゅっちゅう椅子にぶつかったり、食卓のコップを倒したりする。 ただ唯一家庭菜園だけは特別だった。水をまいたり、添え木を立てたり、ピンセットで害虫を摘み取ったりしている時のJさんは楽しそうだった。野菜を収穫するハサミの音が、中庭に軽やかに響いた。 私は始めてJさんから野菜をもらったのは、野良猫がきっかけだった。 「まったくお前たちは、何ていう悪ガキどもなんだろうね」  Jさんはシャベルの柄を振り回していた。皮膚病にかかっているらしい、Jさんと同じくらい年老いた猫が果樹園の方へ逃げてゆくのが見えた。 「松葉を置いておくといいですよ」  窓を開け、私がこう呼び掛けると、彼女は怒った表情のままこちらへ歩いてきた。 「せっかく植えた種は掘り返す、臭いフンはする、ミャ-ミャ-鳴く。全く手に負えないんだから」 「畑の周りに松葉を置いとけば、寄りつきませんよ」 「どうしてこう、うちにばかり集まってくるのか。あの毛が我慢ならないねえ。アレルギーでくしゃみが止まらなくなるんだ」 「猫はチクチクするものが嫌いなんです。だからどこかで松葉を……」 「誰かこっそり餌でもやってるんじゃあるまいね。もしそんなところを見つけたら、あなたから文句を言ってやってくださいよ」  喋りながらJさんは、勝手口から私の部屋へ入ってきた。  一通り猫の悪口を言い終わると、Jさんはを抑えきれない様子で、散らかった仕事机や、食器戸棚や、出窓に並べたガラスの物置などを見回した。 「小説家なんだってねえ」  舌がもつれて、ショウセツカという言葉が発音しにくそうだった。 「ええ、そうなんです」 「物置きはいいよ。静かでねえ。昔このアパートに、彫刻家がいたけど、あれは駄目だ。石を削る音がガンガン響いて、以来私は耳を悪くしたよ」  Jさんは自分の耳をつつき、今度は本箱の前に立って一冊一冊背表紙を指差しながら、題名を読みはじめた。目が悪いからか、字が読めないからか、どれもでたらめだった。  Jさんはこれ以上考えられないほどに痩せていた。髪はまばらにしか生えておらず、額は狭く、かわりに顎が長くとがっていた。両目が離れ、鼻が低いために、顔の中央に不自然な空白が広がっていた。一言喋るたびに入れ歯が外れそうになり、骨と骨のこすれ合うような音がした。 「ご主人は何をなさっていたんです?」  私は尋ねた。 「ご主人なんて上等なもんじゃないよ。ただの酔っ払い。ここの家賃と、私がマッサージ師で稼いだ金で、何とかやってきたんだ」  本箱に飽きると彼女はワープロに手をのばし、まるで危険なものに触れるように、二つ三つキーを押した。 「それをあいつは博打に使ってしまって。だからろくな死に方できなかったの。酔っ払って、海に落っこちて、そのまま行方不明」 「よかったら今度、マッサージをしていただけません?座ってばかりで肩が凝って」  ご主人の悪口が長々と続きそうで、私はあわてて話題を変えた。 「ああ、いいとも。いつでも声を掛けておくれ。まだ指はなまっちゃいないからね」  Jさんは指を鳴らした。本当に骨が折れてしまったんじゃないかと思うくらい、大きな音がした。帰りぎわJさんはとれたてのピーマンを五個くれた。    次の日、目覚めてみると、庭中松葉で覆われていた。野菜が植わっている以外の場所は、ユーカリの根元も物置の周りも、どこもかしこも松葉だらけだった。 「なぜこんなことをするんです?」  アパートの誰かが尋ねていた。 「猫退治だよ。猫は松やにの匂いが嫌いなの。昔私が娘の頃、おばあさんがそう教えてくれてね」  自慢げなJさんの返事が聞こえた。  彼女に娘時代などあったのだろうか。生まれた時からずっと、老婆のまま変わらずいるような気がする。  ある晩珍しくJさんに来客があった。大柄な中年男性だった。オレンジ色の満月が浮かび、ことさら窓ガラスをくっきりと照らしていた。男がベッドに横たわり、その上に彼女がまたがった。  最初Jさんが男の首を絞めているのかと思った。いつもの彼女ではないみたいに、機敏で力強かったからだ。両足はしっかりと男の身体を押さえ込み、腕は要所をとらえていた。ベッドの中で男はどんどんしぼんでゆき、反対に彼女は指先からエネルギーを吸い上げ、膨張しているかのようだった。  マッサージは長く続いた。松葉の匂いが闇に溶け、あたりを漂っていた。  Jさんはしょっちゅう私の部屋に遊びに来るようになった。膝に水がたまるだの、ガス代の値上げが許せないだの、暑すぎるだの、たわいないお喋りをして、お茶を一杯飲んで、帰っていった。大家との関係を悪化させたくなかったので、できるだけ礼儀正しく振舞うようにした。そして来るたび、彼女がくれる野菜の量が増えた。  おかげで郵便や小包みを快く預かってくれるようになった。 「こんなものが届いてたよ」  私が帰宅するとすぐ、ハンドバッグを置く間もなく、Jさんはやってきた。彼女の部屋からも、こちらは丸見えなのだった。 「今日の昼間、運送会社が配達してきたよ」 「どうもありがとうございます。あら、友達からホタテ貝みたいだわ。お好きですか?よかったら後でお裾分けします」 「まあ、そりゃあありがたいね。ホタテといえば高級品じゃないか」  包みを解きながら、私はひどく気分が悪くなった。ホタテ貝は全部腐っていた。保冷剤はとっくに溶け、冷気など残っていなかった。ナイフで貝殻を開けたとたん、濁った液体に変化してしまった身と内臓が、ドロドロ垂れてきた。  荷札をよく見直すと、日付が二週間も前になっていた。 「ねえ、ねえ、ちょっと。これを見てごらんよ」  突然Jさんが叫びながら、奥の台所にまで入ってきた。 「何ですか?それは……」  私はちょうど夕食の準備中で、ポテトサラダを作っていた。 「人参だよ、人参」  彼女は誇らしげにそれを私の目の前に突き出した。 「まあ、何て変わった形なんでしょう」  私はジャガイモをつぶしていた手を止めた。確かにそれは普通の人参ではなかった。手の形をしていたのだ。  ちゃんと五本、指があった。親指が一番太く、中指が一番長かった。赤ん坊の手のように丸々としていた。不自然に変形した様子はどこにもなく、一つのまとまった形を成していた。ついたままになっている葉っぱが、特別にあつらえた飾りのようだった。 「これ、あげる」 Jさんは言った。 「いいんですか?こんな珍しいもの」 「ああ。三本とれたからね。特別にあなたにあげるよ。誰にも内緒だよ。妬む人がいるかもしれないからね」  私の耳に唇を近づけ、彼女はささやいた。湿っぽい息が吹きかかった。 「おやまあ、ポテトサラダだね。ちょうどよかったじゃないか。人参が手に入って」  愉快でならないというふうに、Jさんは笑った。  どこにどう包丁を入れたらいいのか、私は迷った。それにはまだ太陽の温もりが残っていた。水で洗い、土を落とすと、鮮やかな赤色があらわれた。  とにかく最初に、五本の指を根元から切り落とすのが、妥当なやり方に思えた。それらは一本ずつ、まな板の上を転がった。その晩私は、小指と人差し指の入ったポテトサラダを食べた。  風の強い一日だった。真夜中を過ぎてもおさまる気配はなく、空の高いところで渦を巻いた風が、丘の斜面に吹きつけてきた。いくらきつく鍵を閉めても、キーウイの揺れる気配が部屋に忍び込んできた。  私は出来上がった分の原稿を台所で朗読していた。最後の仕上げに声を出して読んでみるのが、私のやり方だった。でも本当は、キーウイの揺れる音を聞くのが怖かったのかもしれない。  ふと流し台の奥の窓に目をやった時、果樹園に人影を見つけた。果樹園は闇に包まれていた。その急な斜面を、誰かが駆け降りていった。背中しか見えなかったが、大きな段ボールを抱えているのが分かった。風が途切れた瞬間に、草を踏む足音も聞こえた。  丘を下りきって道路へ出ると、街灯に照らされ姿がはっきり見えた。やはり、Jさんだった。  髪は逆立ち、腰にぶら下げた汗拭き用のタオルは解けそうなほどなびいていた。段ボールは重みで底がたわみ、明らかにJさんの身体に比べて大きすぎたが、彼女は少しも苦しそうにしていなかった。キッと前を見据え、背筋をのばし、上手にバランスを取っていた。まるで彼女自身が、段ボールの一部になってしまったかのようだった。  私は流し台に近寄り、目を凝らした。一段と強い風が吹き抜けていった。彼女は立ち止り、よろめいたが、すぐに体勢を立て直した。キーウイのざわめきがますます高くなった。  Jさんは丘のふもとにある、閉鎖された古い郵便局へ入っていった。散歩の途中、時折通りかかるだけで、今何に使われているのか、そこも彼女の所有地なのか、私は一切知らなかった。  彼女がようやく自分の部屋へ戻ってきたのは、東の海の色が変わりはじめる頃だった。さっぱりしたように服を脱ぎ捨て、うがいをし、髪をかきむしった。それからいつものネグリジェを着た。  もうすっかり元の年老いたJさんに戻っていた。洗面台からベッドへ移動するだけで二度も家具にぶつかったし、ネグリジェのホックを留めるのもおぼつかなかった。  私は朗読を再開した。掌の汗で、原稿が湿っていた。  手の形をした人参は、それからいくつもいくつもできた。アパート中全部の住人に配っても、まだ余るくらいだった。ピアニストのように繊細な手、樵のように頑丈な手、むくんだ手、毛深い手、痣のある手……。いろいろだった。  Jさんはそれらを大事に収穫した。指一本でも欠けたら大変というように、少しずつ土を掘り返し、慎重に葉っぱを引っ張った。そして土を払い、日の光にかざしながら、その形を眺め回した。 「ひどく凝ってるね」  Jさんは言った。私は返事をしようとしたのだが、全身を彼女に支配され、ただうなるしかできなかった。  言われた通り、私は枕に顔を押し当て、ベッドでうつぶせになった。彼女が覆いかぶさってきた時、思いもしない強い力がかかった。鉄の毛布でくるまれたような気分だった。人を戸惑わせる力だった。 「じっと座ってばかりだから、よくないねえ。ほら、ここなんか凝りが固まって、瘤みたいになってるよ」  彼女は首の付け根の一点に、親指を突き当てた。指先が深く食い込んできた。痛くて首を動かそうとしたが無理だった。どんな身体の部分でさえ、一ミリも動かすことができなかった。  冷たい指だった。皮膚や肉の感触はなかった。それは骨そのものだった。 「この瘤をね、グリグリ押し潰しておかなくちゃ、楽にはなれないからね」  ベッドが軋み、足元のバスタオルが滑り落ち、Jさんの入れ歯が鳴った。  このまま放っておいたら、彼女の指は皮膚を突き破り、肉を裂き、骨を砕いてしまうかもしれない。私は叫び声を上げたかった。枕が唾液で濡れた。 「遠慮することはないさ。私とあなたの仲だからね。特に念入りにやってあげるよ」  Jさんはますます強い力で私をがんじがらめにした。 「さあ、もう少しお二人近寄って。自然な感じで笑って下さい」  カメラを構えた新聞記者は、アパート中に響きわたる大きな声で言った。Jさんの耳が遠いと思ったのだろう。 「あっ、人参をもっと持ち上げて。五本の指が全部写るように、葉の根元の所を持って下さい。はい、そうです。その調子です」  私たちは畑の真ん中に立たされていた。新聞記者は動き回るたびに松葉をふみつけた。何事が起きたのかと、住人たちが窓から顔をのぞかせていた。  私はどうにかして微笑もうとしたが、うまくいかなかった。日差しが眩しすぎて目を開けているのがやっとだった。口元も腕も視線も全部がバラバラで、ぎこちなかった。そのうえあのマッサージのせいで、身体のあちこちが痛んだ。 「お二人でちょっと言葉を交わすような感じ。硬くならなくてもいいですよ。人参はこっちに向けたままにしておいて下さい。何といっても人参が主役ですからね」  Jさんはできるかぎりのおめかしをしていた。貧相な髪の毛を隠すために頭にはネッカチーフを巻き、口紅を塗り、くるぶしまで届く長いワンピースを着ていた。靴もいつものサンダルではなく、古めかしいデザインの革のハイヒールだった。  しかしネッカチーフは額の狭さを強調するだけだし、口紅ははみ出していた。それにワンピースと革靴は、どう見ても人参には不似合いだった。 「きれいに撮って下さいよ。新聞に載るなんて、この歳になるまで一度もなかったんだから。お願いしますよ」  Jさんは声を上げて笑った。喉が引きつれ、声がかすれ、顔中の皺がうねった。  次の朝、新聞の地方版に記事が載った。 『おもしろ人参発見!掌の形をした人参、おばあさんの家庭菜園からザクザク』  ヒールが畑に食い込んだのか、Jさんは心持ち身体を右に傾け、細かい身体を精一杯立派に見せようと、胸を張って立っている。両手に持った人参は選りすぐったもので、形、大きさとも申し分ない。あんなに笑っていたはずなのに、写真に写った一瞬は、唇が歪んでいるせいで、怯えているように見える。  その横で私は、やはり人参を持たされ、何とか形だけは微笑んでいる。けれど焦点のあやふやな視線が、決まりの悪さをあわらしている。  写真にするとますます人参は異様に見える。悪性腫瘍に冒され、切断された掌のようだ。Jさんと私は掌をぶら下げている。それはまだ生温かく、血がしたたっている。 「ご主人にお会いになったことは?」  刑事が尋ねた。 「いいえ。ついこの間、越してきたばかりなんです」  私は答えた。 「死んだと、聞かされていましたか?」  もう一人の若い方の刑事が続けて質問した。 「ええ。お酒に酔って、海に落ちて死んだと……。いいえ、ごめんなさい。行方不明だって、そう言ったかもしれません。よく覚えていません。特別親しかったわけじゃありませんから……」  私は中庭に目をやった。Jさんの部屋に人影はなかった。片側だけのカーテンが風にそよいでいるだけだった。 「どんなささいな出来事でもいいんです。何か不審に思うようなことがあったら、教えてもらえませんか」  若い刑事は身体をかがめ、私と視線を合わせるようにして言った。 「不審、不審、ふしん……」  私はその言葉を繰り返しつぶやいた。 「一度、真夜中に、果樹園を駆け降りてゆく姿を見たことがあります。重そうな段ボールを抱えて、急ぎ足で。下の郵便局へ持って入ったようでした。今は使われていない、古い郵便局です」  すぐに郵便局が捜査された。そこはキーウイが山積みになっていた。すべてのキーウイが運び出されたが、見つかったのは皮膚病にかかった野良猫の死骸だけだった。  次に中庭にパワーシャベルが持ち込まれ、土が掘り返された。松葉が潰れ、むせるような濃い匂いが漂った。窓辺に立って様子を見守る住人たちは、みな鼻と口を覆っていた。  畑から白骨化した死体が発見されたのは、果樹園が夕焼けに染まる頃だった。検死の結果、Jさんの夫であることが判明した。死因は絞殺。Jさんのネグリジェからは血液反応が出た。  しかし、中庭中どこを掘り起こしても、両方の手首から先だけは、発見されなかった。 日语文学作品赏析《或阿呆の一生》 僕はこの原稿を発表する可否は勿論、発表する時や機関も君に一任したいと思つてゐる。 君はこの原稿の中に出て来る大抵の人物を知つてゐるだらう。しかし僕は発表するとしても、インデキスをつけずに貰ひたいと思つてゐる。 僕は今最も不幸な幸福の中に暮らしてゐる。しかし不思議にも後悔してゐない。唯僕の如き悪夫、悪子、悪親を持つたものたちをにも気の毒に感じてゐる。ではさやうなら。僕はこの原稿の中では少くとも意識的には自己弁護をしなかつたつもりだ。 最後に僕のこの原稿を特に君に托するのは君の恐らくは誰よりも僕を知つてゐると思ふからだ。(都会人と云ふ僕の皮をぎさへすれば)どうかこの原稿の中に僕の阿呆さ加減を笑つてくれ給へ。   昭和二年六月二十日 芥川龍之介      久米正雄君     一 時代 それは或本屋の二階だつた。二十歳の彼は書棚にかけた西洋風のに登り、新らしい本を探してゐた。モオパスサン、ボオドレエル、ストリントベリイ、イブセン、シヨウ、トルストイ、…… そのうちに日の暮は迫り出した。しかし彼は熱心に本の背文字を読みつづけた。そこに並んでゐるのは本といふよりもろ世紀末それ自身だつた。ニイチエ、ヴエルレエン、ゴンクウル兄弟、ダスタエフスキイ、ハウプトマン、フロオベエル、…… 彼は薄暗がりと戦ひながら、彼等の名前を数へて行つた。が、本はおのづからもの憂い影の中に沈みはじめた。彼はとうとう根気も尽き、西洋風の梯子を下りようとした。すると傘のない電燈が一つ、丁度彼の頭の上に突然ぽかりと火をともした。彼は梯子の上にんだまま、本の間に動いてゐる店員や客をした。彼等は妙に小さかつた。のみならず如何にも見すぼらしかつた。「人生はのボオドレエルにもかない。」 彼はく梯子の上からかう云ふ彼等を見渡してゐた。……     二  母 狂人たちは皆同じやうに鼠色の着物を着せられてゐた。広い部屋はその為に一層憂欝に見えるらしかつた。彼等の一人はオルガンに向ひ、熱心に讃美歌をきつづけてゐた。同時に又彼等の一人は丁度部屋のまん中に立ち、踊ると云ふよりもねまはつてゐた。 彼は血色のい医者と一しよにかう云ふ光景を眺めてゐた。彼の母も十年前には少しも彼等と変らなかつた。少しも、――彼は実際彼等の臭気に彼の母の臭気を感じた。「ぢや行かうか?」 医者は彼の先に立ちながら、廊下伝ひに或部屋へ行つた。その部屋の隅にはアルコオルを満した、大きいの壺の中に脳髄が幾つもつてゐた。彼は或脳髄の上にかすかに白いものを発見した。それは丁度卵の白味をちよつとらしたのに近いものだつた。彼は医者と立ち話をしながら、もう一度彼の母を思ひ出した。「この脳髄を持つてゐた男は××電燈会社の技師だつたがね。いつも自分を黒光りのする、大きいダイナモだと思つてゐたよ。」 彼は医者の目を避ける為に硝子窓の外を眺めてゐた。そこにはきの破片を植ゑたの外に何もなかつた。しかしそれは薄いをまだらにぼんやりとらませてゐた。     三 家 彼は或郊外の二階の部屋に寝起きしてゐた。それは地盤のい為に妙に傾いた二階だつた。 彼の伯母はこの二階に度たび彼と喧嘩をした。それは彼の養父母の仲裁を受けることもないことはなかつた。しかし彼は彼の伯母に誰よりも愛を感じてゐた。一生独身だつた彼の伯母はもう彼の二十歳の時にも六十に近い年よりだつた。 彼は或郊外の二階に何度も互に愛し合ふものは苦しめ合ふのかを考へたりした。その間も何か気味の悪い二階の傾きを感じながら。     四 東京 隅田川はどんより曇つてゐた。彼は走つてゐる小蒸汽の窓から向う島の桜を眺めてゐた。花を盛つた桜は彼の目には一列ののやうに憂欝だつた。が、彼はその桜に、――江戸以来の向う島の桜にいつか彼自身を見出してゐた。     五 我 彼は彼の先輩と一しよに或カツフエのに向ひ、絶えず巻煙草をふかしてゐた。彼は余り口をきかなかつた。が、彼の先輩の言葉には熱心に耳を傾けてゐた。「けふは半日自動車に乗つてゐた。」「何か用があつたのですか?」 彼の先輩はをしたまま、極めて無造作に返事をした。「何、唯乗つてゐたかつたから。」 その言葉は彼の知らない世界へ、――神々に近い「」の世界へ彼自身を解放した。彼は何か痛みを感じた。が、同時に又びも感じた。 そのカツフエは小さかつた。しかしパンの神のの下にはい鉢に植ゑたゴムの樹が一本、肉の厚い葉をだらりと垂らしてゐた。     六 病 彼は絶え間ない潮風の中に大きい語の辞書をひろげ、指先に言葉を探してゐた。 Talaria 翼の生えた靴、或はサンダアル。 Tale 話。 Talipot 東印度に産する。幹は五十より百呎の高さに至り、葉は傘、扇、帽等に用ひらる。七十年に一度花を開く。…… 彼の想像ははつきりとこの椰子の花を描き出した。すると彼はもとに今までに知らないさを感じ、思はず辞書の上へを落した。啖を?――しかしそれは啖ではなかつた。彼は短い命を思ひ、もう一度この椰子の花を想像した。この遠い海の向うに高だかとえてゐる椰子の花を。     七 画 彼は突然、――それは実際突然だつた。彼は或本屋の店先に立ち、ゴオグの画集を見てゐるうちに突然画と云ふものを了解した。勿論そのゴオグの画集は写真版だつたのに違ひなかつた。が、彼は写真版の中にも鮮かに浮かび上る自然を感じた。 この画に対する情熱は彼の視野を新たにした。彼はいつか木の枝のうねりや女の頬のらみに絶え間ない注意を配り出した。 或雨を持つた秋の日の暮、彼は或郊外のガアドの下を通りかかつた。 ガアドの向うの土手の下には荷馬車が一台止まつてゐた。彼はそこを通りながら、誰か前にこの道を通つたもののあるのを感じ出した。誰か?――それは彼自身に今更問ひかける必要もなかつた。二十三歳の彼の心の中には耳を切つた人が一人、長いパイプをへたまま、この憂欝な風景画の上へぢつと鋭い目を注いでゐた。……     八 火花 彼は雨に濡れたまま、アスフアルトの上を踏んで行つた。雨は烈しかつた。彼はの満ちた中にゴム引の外套の匂を感じた。 すると目の前の架空線が一本、紫いろの火花を発してゐた。彼は妙に感動した。彼の上着のポケツトは彼等の同人雑誌へ発表する彼の原稿を隠してゐた。彼
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