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果汁

2011-10-16 8页 doc 53KB 114阅读

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果汁果 汁 果 汁 「今度の日曜日、忙しい?」  不意に彼女に声をかけられた時、僕はあまりにどぎまぎして、どう返事をしたらいいのか分からなかった。 「用事があるんだったら、もちろん無理にはお願いできないだけど……」  放課後の図書室は人影はまばらで、窓から西日が差し込んでいた。彼女は書架の影になかば身をひそめるようにしてうつむいていた。背中から西日が当たっているせいで、長い髪の毛が琥珀色に光って見えた。 「別に……暇にしてるよ」  戸惑いを隠すため、わざとそっけなく僕は答えた。同じクラスになってから、今まで一度も言葉を交わしたこと...
果汁
果 汁 果 汁 「今度の日曜日、忙しい?」  不意に彼女に声をかけられた時、僕はあまりにどぎまぎして、どう返事をしたらいいのか分からなかった。 「用事があるんだったら、もちろん無理にはお願いできないだけど……」  放課後の図書室は人影はまばらで、窓から西日が差し込んでいた。彼女は書架の影になかば身をひそめるようにしてうつむいていた。背中から西日が当たっているせいで、長い髪の毛が琥珀色に光って見えた。 「別に……暇にしてるよ」  戸惑いを隠すため、わざとそっけなく僕は答えた。同じクラスになってから、今まで一度も言葉を交わしたことはなかった。こんなふうに、彼女の姿を間近に見るのさえも初めてだった。  デートに誘おうとしているのだろうか。それが一番ありふれた可能性のように思えた。もしそうならば、悪い気はしなかった。彼女についてはほとんど何も知らないけれど、感じのいい子であるのは間違いなかった。  しかし、早合点してはいけないという警戒心も捨てきれなかった。彼女の様子に少しも浮ついたところがなかったからだ。照れくさそうでもなかったし、媚びたふうでもなかった。彼女はただ、申し訳なさそうにしているだけだった。 「実はちょっと、ついてきてほしい所があるの」 「どこ?」 「フランス料理屋。日曜の十二時に、私、そこへ行かなくちゃならない用事があるの。気は進まないんだけど、成り行き上どうしようもなくて……。もちろん、あなたに迷惑はかけないわ。ただ一緒にいて、ご飯を食べて、それだけでいいの」  本の背表紙を撫でながら、ためらいがちに彼女は言った。 「こんなこと、あなたに頼むべき筋合いじゃないって、よく分かってるのよ。だから、もし嫌ならはっきり言ってほしいの」  一言喋るたびに彼女は肩をすぼめ、目を伏せた。できるだけ身体を小さくして、陰の中に自分を閉じ込めようとしているかのようだった。体育館に響くボールの音が、遠くで聞こえていた。 「いいよ。飯食うだけだろ?どうってことないよ」  僕は答えた。どういう理由なのか、なぜ自分が選ばれたのか、本当はいろいろと尋ねたかったのだが、あえて口にしなかった。これ以上彼女に喋らせると、本当に身体が陰の中へ吸い込まれゆきそうな気がして、心配だったのだ。 「ありがとう」  心からほっとしたように彼女は言った。そしてようやく視線を上げ、微笑んだ。西日が強すぎてその表情がうまく見えなかったことが、僕を少しがっかりさせた。  ウエイターに案内され奥の個室に入ってゆくと、男はもう席について、どぎつい赤紫色の食前酒を飲んでいた。秘書や護衛を従えているかと思ったが、一人きりだった。  天井からはシャンデリアがぶら下がり、あちこちに花が飾られ、銀食器がきらきら光っていた。三人にしては明らかにテーブルが広すぎ、テーブルクロスの白さがまぶしいほどだった。  彼女と男は礼儀にかなった挨拶を何一つしなかった。「やあ」とか「ええ」とか、そんな意味のない言葉を二つ三つ漏らしただけだった。紹介してくれるのをmaっていたのだが、彼女は僕について何も触れないまま腰掛けてしまい、結局僕も名乗るタイミングを失った。 「何でも好きなものを頼みなさい」 繰り返し男はそう言った。沈黙が長くなりすぎてたまらなくなるたび、その台詞を取り出してきた。彼女は姿勢を正し、隅から隅まで丁寧にメニューを眺めていたが、本気で料理を選んでいるように見えなかった。沈黙をやり過ごすためのポーズだと、すぐに気づいた。僕は複雑な形に畳まれたナプキンの縁を、指でなぞった。 「母親が病気で入院したの。知ってた?」  レストランへ向かう地下鉄の中で、彼女は言った。僕は首を横に振った。唯一彼女について知っているといえば、母一人子一人ということだけだった。私生児なんだと、クラスの誰かが噂していたようにも思うが、よくは思い出せなかった。 「肝臓癌なの。長くは生きられないわ」  騒々しい地下鉄の中でも、彼女の声はまっすぐ僕の耳に届いてきた。 「この間、遺言を聞かされたの。もしママに何かあったら、この人を頼って行きなさい。きっと手助けしてくれるはずだからって」  彼女はスカートのポケットから一枚の名刺を取り出した。長い間しまわれていたらしく、角がすり減っていた。割合有名な代議士の名前が印刷してあった。確かついこの間まで、労働大臣だった郵政大臣だったかをやっていた人だ。 「お母さん、そんなに悪いの……」  変な慰めを言って傷つけてしまうのが怖かったから、僕は慎重に言葉を選びながら言った。 「入院して四カ月になるわ。ずっと一人で留守番しているの」  彼女は花柄のブラウスと、柔らかい生地のふんわりしたスカートを着ていた。ブラウスの衿と袖口には、きちんとアイロンがかかっていた。制服姿よりも、また一段とおとなしく見えた。  彼女はクラスで一番目立たない生徒だった。授業中発言することはほとんどなく、指名されて英語を訳したり、黒板の数式を解いたりする時でも、ひっそりとした態度を崩さなかった。できるだけ余分な物音を立てないよう、細心の注意を払っているようだった。特定の友達はおらず、クラス活動もせず、昼休みには一人片隅でパンを食べていた。  しかし僕を含め、誰もそれを不自然には感じていなかった。あえて無視するわけでもなかったし、不愉快に思うわけでもなかった。彼女にはそうしたひそやかさがとてもよく似合っていた。色白の肌や、真っすぐで長い髪の毛や、うつむいた時できる目元の陰が、侵しがたい静寂を醸し出していた。  いつでも申し訳なさそうにしている————これが彼女を表現するのに最もふさわしい言葉だった。どうぞみんな、私のことなど気に掛けないで。できるだけ目障りにならないよう注意するから……。そんなふうにつぶやきながら、彼女だけの静寂にくるまっていた。 「で、この人には、今日初めて会うの?」  僕は掌の名刺を顎で差した。 「そうなの」 「子供の頃にも、一度も会ったことなかったの?」 「うん」  彼女はうなずいた。  名刺を持つ彼女の手を、僕は見つめた。それは息が吹き掛かりそうなほど近くにあった。彼女にも手があるんだと、今初めて気づいたかのように、僕はいつまでもそれを見つめ続けた。   「何か嫌いなものはあるかな」  男は尋ねた。僕と彼女は同時に、「いいえ」と答えた。  男は早口でたくさんの料理を注文した。メモを取るウエイターが追いつかないくらいだった。命令するのに慣れた人の口振りだった。次々と運ばれてくる皿を、僕たちは一枚ずつ片付けていった。  ウエイターがドアを閉めると、部屋はしんとなった。ものを噛んだり飲み込んだりする音だけが、ことさら耳に響いた。男はもうアルコールを口にしようとはしなかった。  テレビで見るより老けていた。首はたるんでいたし、顔と手の甲は染みだらけだった。小柄だが骨格はしっかりとし、頭はなかば禿げ上がり、耳たぶが大きかった。  決して尊大な感じはしなかった。かと言って、心の底から対面を喜んでいるふうでもなかった。ただ、今ここで一番適切な話題は何なのか、それを懸命に考えているのだけは確かだった。そして答えが出ないことに、戸惑っているのだ。ひっきりなしにコップを口に運びながら、中身の水は少しも減っていなかった。 「勉強では、何が得意なのかな」  男が言った。小学生にする質問のようだった。お母さんの病状や、経済的な問題や、過去の謝罪や、もっと重要な話がいくらでもあるはずなのに、と僕は思った。もしかしたら僕がいることで、彼らの関係がますます複雑になっているのではないかと心配になってきた。 「古文と、英語と、……あとは、音楽。そう、音楽が一番好きです」  ナイフとフォークを置き、ナプキンで唇を押さえてから彼女は答えた。 「ほう、音楽か。それはいい。君は?」  男は僕に視線を向けたので、あわてて「生物です」と、適当に答えた。生物だろうが保健体育だろうが、僕らにとってはどうでもいいことだった。ただ三人とも、沈黙しているより気が楽だから喋っているだけだった。 「スポーツはやっていないの?」 「ええ、何も」 「あっ、このコンソメに入っているのはトリフだな。好きかい?」 「今、初めて食べます」 「口に合うといいんだが、若い者はどんどん食べなくちゃならんよ」 「はい」 「休みの日には何をしてる?」 「洗濯したり、猫と遊んだり、レコードを聴いたり、そんなことです」  ウエイターが入ってきて、魚料理を並べた。男が黄緑色のソースのかかった鯛、僕が蒸したオマール海老、彼女が帆立貝のムニエルだった。  彼女は両足をきちんとそろえ、背筋を伸ばし、行儀よく食べていた。自分の皿の上に視線を集中させ、質問に答える時だけ、それをテーブルの中央のバターケースのあたりに移動させた。  チャンスを見つけては、ちらちらと僕は彼女の横顔をうかがった。形の整った横顔だった。額には聡明さが表われ、顎は引き締まり、髪はおとなしく垂れ下がっている。だから余計に心の中を読み取るのは難しかった。  けれどいつものあの申し訳なさだけは、変わらずに漂っていた。それは彼女の輪郭に染み込んだ、体温のようなものだった。どうして私は帆立貝なんか食べているんだろう。私は本当はこんなところにいるべきじゃないのに……。そう言いだけだった。  今度は肉料理の番だった。ウエイターたちの動きは手際よく、洗練されていた。僕はもう満腹だったが、二人の食べるペースは変わりなかった。仕方なく僕も、無理に肉を喉に押し込めた。 「楽器を弾いたりはしないのかい。ピアノとか、ギターとか、バイオリンとか……」 「家には楽器なんてありません」  男は一つ咳払いをし、彼女は肉汁の染みたブロッコリーを口に運んだ。男のナイフが皿の縁に当たって耳障りな音がし、あわてて彼は「失礼」と言った。「いいえ、いいんです」と彼女は答えた。  突然僕は一つの情景を思い出した。三年に進級して間もなくの頃だったと思う。放課後、音楽室で彼女を見かけたことがあった。どうして今まで忘れていたのだろう。確かあの時、僕たちは言葉を交わしたのだ。  音楽室にはほかに誰もいなかった。廊下を通り過ぎようとして何気なく気配を感じ、立ち止まった。彼女は背伸びをし、そろそろと腕を伸ばし、戸棚のガラス戸を開けようとしていた。なぜ僕がすぐに立ち去らなかったのか、理由は分らない。そこに秘密めいた匂いがあったからだろうか。それとも、腕を持ち上げた時、セーラー服の脇からのぞいた肌が、あまりに白かったせいかもしれない。  ギシギシ軋みながらガラス戸は開いた。彼女は一つ息を吐き出してから、中に立て掛けてあったバイオリンを手に取った。恐れるようにそれを見つめ、そっと胸に抱き寄せた。 「ねえ、どうかしたの?」  あの時、声なんか掛けるべきじゃなかった。心ゆくまでバイオリンに触れさせてあげるべきだったのだ。 「いいえ、何でもないの」 彼女はびくっと身体を震わせ、あわててバイオリンを戸棚に戻した。弦がどこかにぶつかって、小鳥の悲鳴のような音がした。 デザートは生クリームのたっぷりかかった、苺のケーキだった。男はナプキンを無造作に丸め、テーブルに置いた。ソースの染みで汚れていた。 「もしよかったら、お父さんの分も食べなさい」  一瞬、ひんやりとした空気が僕たちの間をすり抜けた。お父さん……という言葉だけが、いつまでも耳の中でいびつに響いていた。僕は心配になって隣を見た。彼女はただひたすらケーキを飲み込んでいた。唇がクリームの脂で潤んでいた。 「いいえ、結構です」  彼女は答えた。  帰りは地下鉄には乗らず、町を二人で歩いた。駅まで来ても彼女は階段を降りようとせず、ただずんずんと歩くばかりだった。  私の車で送らせよう、と男は何度も言った。店の前に停まっていたのは、完璧に磨き上げられた黒い車だった。しかし彼女は丁重にその申し出を断った。  駅五つ分の距離を歩き通し、僕たちの住む見慣れた風景に戻ってくるまでの間、彼女は一言も口にきかなかった。片方の手でショルダーバッグの紐を握り、まっすぐ前を見据え、早足で歩いた。咳もしなかったし、ため息もつかなかった。身体から発せられるのは、ただ靴音だけだった。  彼女は怒っているのかもしれないと、僕は心配だった。せっかくついてきたのに、何の役にも立たなかった。無能にも料理を平らげるばかりで、その場の雰囲気を和ませようと努力もしなかったし、彼女を元気づけることもできなかった。  僕は歩調を合わせ、身体を触れず、かといってよそよそしくもない距離を計りながら、何か今からでも遅くない救いの言葉はないだろうかと考えた。けれどそんなものは、一つも思い浮かばなかった。  いつの間にか日は西に傾き始めていた。顔を上げるたび、夕焼けの色が濃くなっていった。公園で遊んでいた子供たちはそれぞれの自転車にまたがり、僕たちを追い越していった。どこかの家からテレビの音が漏れていた。路地を走り抜ける、野良猫の尻尾だけが見えた。食べ慣れないフランス料理と沈黙の塊が胸をふさぎ、僕は息苦しかった。  風もないのに、彼女の髪は美しくなびいた。そのたびに耳が見えた。セーラー服の脇からのぞいていた肌と同じように、それも白く透き通っていた。男の耳の形とは、少しも似ていなかった。  突然彼女は立ち止まった。何の合図もなかった。ゼンマイがぷちんと切れるように、歩くのを止めた。 「家まで送っていくよ」  僕は言った。歩きすぎて爪先がじんじんしていた。 「どうもありがとう」  僕を見上げながら、彼女は言った。声がかすれていたせいで、それはひどくはかなげな言葉のように聞こえた。  僕たちは古びた建物の前のステップに、並んで腰かけた。斜め前には散髪屋、その向こうには託児所が見えた。裏は小高い丘で、果樹園になっていた。時折オートバイが走る去ったり、犬を散歩させる老人が過ぎたりしたが、僕たちの邪魔をするものは何もなかった。 「少し休んだ方がいいよ」 「そうね。その通りだわ」  スカートが皺にならないよう、彼女は裾を引っ張った。その柔らかい布地が、ほんの少しだけ僕のズボンに触れた。横顔が夕闇に沈もうとしていた。背中の汗が冷たかった。 「お母さんの入院している病院、どこ?」 「中央病院」 「今度、お見舞いに行くよ」 「本当?うれしい。喜ぶと思うわ。いつも一人で寂しがってるから」  僕たちの靴の間を蟻が這っていた。コンクリートのステップは固くざらざらしていた。 「うちの母さんはね……」  下からのぞき込むようにして、彼女は言った。 「タイピストなの」 「へえ、そうか……」 「しかも優秀なタイピストよ。ビジネスレターでも、論文でも、会議の資料でも、会社中で一番早く、正確に打つことができるの。コンテストで金賞をもらったこともあるわ」 「すごいじゃないか」 「とっても長くてしなやかな指をしてるの。それを自由自在に、優雅に操ることができるのよ」 「君の指もきれいだ」  膝の上に置かれた手から目を離さず、僕は言った。 「タイプライターじゃなくて、本当は楽器を弾きたかったのよ。きっと美しい音を鳴らすことができたと思うわ」  僕は音楽室に響いたバイオリンの音を思い出した。それがいつまでも鼓膜に張り付いて離れなかった。 「ねえ、ここが昔郵便局だって、知ってた?」  その音を消そうとするように、不意に彼女は立ち上がった。 「もう随分昔、私たちが幼稚園の頃は、郵便局だったの」  確かに、扉に色合わせたマークが残っていた。その上に掛かった看板はすっかり錆ついていたが、よく目をこらすと、郵便局の文字が微かに読み取れた。 「わあ、ねえ、見て見て」  扉のすき間から中をのぞいていた彼女が声を上げた。こんな弾んだ声を出すのを聞くのは初めてだった。  言われた通り、僕も中をうかがった。薄暗くて最初はよく見えなかったが、何度かまばたきするうち、だんだん様子を分かってきた。 「すごい……」  僕はつぶやいた。中にはびっしり、天井に届くほど高く、黒っぽくて小さい球状の何かが、積み上げられていた。 「キーウイよ」  彼女は言った。 「キーウイ?」  僕は彼女の言葉をそのまま繰り返した。 「中へ入ってみましょう」 「でも、鍵が掛かってる」 「大丈夫。壊せばいいわ」  彼女は足元の石を拾い、扉の把手に巻き付いた鎖に打ち付けた。すさまじい音がし、ガラスがビリビリ震え、蝶番が外れそうになった。けれど彼女はひるまなかった。いつもあんなに申し訳なさそうにしている彼女が、堂々と鍵を壊していた。  扉を押し開き、中へ足を踏み入れたとたん、僕たちは長い息を漏らした。それは間違いなくキーウイだった。スーパーで売っている当たり前のキーウイだった。なのにその風景はめまいがするほどグロテスクだった。  僕たちはそろそろと中へ進んだ。二十畳ほどの広さがあり、キャビネットや机や段ボールや鉛筆削りが散乱していた。郵便局だった頃の名残か、手前のカウンターには、カラカラに干涸びた朱肉と、埃だらけの分銅秤がのっていた。  そして残りの空間は、すべてキーウイで埋め尽くされていた。闇に包まれた部屋の奥から、僕たちの足元にいたるまで、この部屋を支配しているのはとにかくキーウイなのだった。  息を吸い込むと甘酸っぱい匂いがした。彼女は恐れずどんどんカウンターの奥へ入ってゆき、一個を手に取った。何かの拍子に山が崩れ、彼女を押しつぶしてはいけないと、僕もあわててあとに続いた。  どれもこれも新鮮だった。一個として傷ついたり腐ったりしたのはなかった。果肉はしっかりとし、皮には張りがあり、棘が触ってチクチクした。 「おいしそうだと思わない?」 「いくら食べたってなくならないわ」  皮もむかず、彼女はそのままキーウイを食べた。飢えた子どもがむしゃぶりつくように、あるいは病んだ老婆が嘔吐するように食べた。アイロンのかかったブラウスも、美しい手も、すぐにべたべたになった。  僕はただ見守るしかなかった。哀しみの発作が通り過ぎるまで、そばについてじっと待ってあげることしかできなかった。唇からあふれた果汁は、涙のように彼女の頬を濡らした。    あの不思議な日曜日から、二十年以上がたった。次の月曜日、登校してきた彼女は普段の目立たない彼女に戻っていた。僕たちが親しく口を利くことはもうなかった。  冬休みに入ってすぐ、お母さんは亡くなった。お見舞いに行く約束を、僕は破ってしまった。彼女は大学へは行かず、専門学校に入った。調理師の学校だった。洋菓子が専門らしいと、誰かと噂していた。卒業して以来、二度と会うチャンスはなかった。あの一日は、音楽室の出来事と一緒に、記憶の海の一番奥底に沈めた。  ただ一回だけ、電話を掛けたことがある。卒業して五、六年たった頃だろうか。新聞にあの男の死亡記事を見つけ、たまらなく彼女のことを思い出してしまった。同窓会名簿をめくり、勤め先の洋菓子屋へ電話した。 「あの時、私、あなたにちゃんとお礼を言わなかった。ごめんなさい」 「いいんだよ。僕の方こそ何の役にも立たなかった」 「いいえ。あなたがいてくれて、どんなに救われたか……。本当はお礼が言いたかったのよ。心の底から感謝してたの。だけど、あの時私……」  電話の向こうで彼女は泣いていた。男の死を悲しんでいるんじゃない。あの日、郵便局の中で流すはずだった涙が、今こぼれているのだと分かった。遠い記憶の一点から、静かに届いて来る涙だった。
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